連載「ライブの音の正体」第4回(全6回+番外)
前回の宿題は、目を閉じて、音がどこから来ているかを探すことでした。前のスピーカーからだけでなく、横や後ろからも届いている。それが、壁や天井で跳ね返った音でした。
では、同じ演奏を家で配信で聴くと、その音はどうなるのでしょう。好きな曲をイヤホンで聴くときはどうでしょう。第1回で、生の音には、録音された音源にはない強弱の幅と、叩いた瞬間の鋭さがあると書きました。今回は、ステージの音がイヤホンに届くまでの道のりをたどりながら、どこで何が変わるのかを確かめます。
配信の音は、どこから来ているか
当会場の配信では、映像は複数のカメラで撮っていますが、音はカメラのマイクでは録っていません。卓(たく)から出した音を、そのまま配信に乗せています。卓とは、歌や楽器のマイクの音を混ぜて、スピーカーへ送り出す機械です。
つまり配信の音は、スピーカーから出る手前の音です。部屋に出て、壁や天井で跳ね返る前の音です。前回の主役だった反射音や、四方から包み込む響きは、ほとんど入りません。客席の拍手や笑い声も、ステージのマイクが拾った分しか入りません。
違いは、もうひとつあります。会場では、楽器から空気を伝って直接届く音と、スピーカーからの音が混ざって耳に届きます。ところが卓を通るのは、マイクで拾った音だけです。そして小さな会場でのバンドの演奏では、ステージでいちばん大きな音を出すドラムに合わせて、ほかの楽器の音量をそろえることがよくあります。ドラムのマイクはバスドラムとスネアだけに立てて、もともと聴こえている音を少し補う程度、ということも珍しくありません。ギターやベースのアンプには、マイクを立てないこともあります。そのため卓の音だけを聴くと、会場で聴いたときとは、楽器のバランスが違って聴こえることがあります。

図1 会場の音と配信の音の通り道(模式図)。会場では、スピーカーの音と楽器から直接届く音が、部屋で跳ね返りながら耳と体に届く。配信の音は卓で分かれ、部屋を通らずに、データを小さくしてスマホやイヤホンへ届く。
叩いた瞬間の山が、抑えられる
生の演奏には、ささやくような小さな音から、全員が一斉に鳴らす大きな音まで、広い強弱の幅があります。そのなかでも特に鋭いのが、ドラムを叩いた瞬間の音です。ほんの一瞬だけ、音がぐっと大きくなります。
録音された曲の仕上げでは、こうした音の山を抑えて、そのぶん全体を持ち上げる処理がよく使われます。全体が持ち上がるので、小さな音も埋もれにくくなります。山を抑える道具を、コンプレッサーやリミッターといいます。リミッターは、決めた上限を音が越えないように抑える道具です。
この処理がまず捕まえるのが、叩いた瞬間の鋭い山です。かけ方によっては、立ち上がりの鋭さが丸くなったり、音が詰まって聴こえたりします。第1回で書いた「叩いた瞬間の鋭さ」は、ここで削られやすい部分です。

図2 音の山を抑えて、全体を持ち上げる処理(模式図)。上は生の演奏、下は処理のあと。叩いた瞬間の鋭い山が上限で抑えられ、そのぶん全体が持ち上がる。静かな部分と盛り上がる部分の差は、ほぼそのまま残っている。
ほかの曲より大きく聴こえるように、この処理を強めていった時期がありました。「音圧競争(ラウドネス・ウォー)」と呼ばれます。1967〜2014年に発表された7,200曲を調べた研究では、音を大きく、山を平らにする流れは2007年ごろに頂点を迎え、その後は和らぎ始めたとされています。同じ研究は、曲のなかの静かな場面と盛り上がる場面の差は、音圧競争の影響を受けていなかったとも報告しています。削られたのは、曲全体の起伏よりも、一瞬一瞬の鋭さのほうだったということです。
いまは多くの音楽配信サービスが、曲ごとの音量の差をそろえる仕組みを持っています。たとえばSpotifyの公式の説明では、標準の設定のとき、曲の大きさを−14LUFSという同じ目安に合わせて再生します。ファイルを書き換えるのではなく、再生するときに音量を上げ下げする仕組みです(2026年11月時点の説明。Webプレーヤーなどでは使われません)。大きく作った曲は、そのぶん小さく再生されます。
聴こえにくい音を、間引いて送る
配信の音も、音楽配信サービスの音も、データを小さくしてから送られています。音楽CDの音は、1秒あたり約1,411キロビットです。YouTubeがライブ配信をする側に推奨している音の設定は、ステレオで1秒あたり128キロビット。CDのおよそ11分の1です。
これだけ小さくしても音楽として聴けるのは、耳の性質をうまく使っているからです。大きな音が鳴っていると、それに近い高さの小さな音は聴こえにくくなります。これを「マスキング」といいます。高さの近い音だけでなく、大きな音の直前や直後の小さな音も、聴こえにくくなります。
AACやMP3といった方式は、いま鳴っている音から、どこまでの小さな音が聴こえにくくなるかを計算します。そして、聴こえにくい部分ほどデータを粗く記録して、全体を小さくします。粗く記録したことで生じる雑音も、ほかの音に隠れるように調整されます。

図3 マスキングを利用して、データを減らす(模式図)。大きな音のまわりでは、破線より下の小さな音が聴こえにくくなる。データを小さくする方式は、この聴こえにくい部分に割くデータを減らす。
設計の上では、雑音がうまく隠れていれば、元の音と聴き分けられない結果になることを目指しています。ただし、データを減らしすぎると、高い音が欠けたり、鋭い立ち上がりの直前に雑音がにじんだりすることが知られています。後者は「プリエコー」と呼ばれ、カスタネットを打った瞬間のような音で起きやすい劣化です。ここでも、叩いた瞬間の鋭さは、扱いの難しい音なのです。
スマホとイヤホンが届けられないもの
最後の関門は、聴く人の手元の機械です。
スマホに内蔵された小さなスピーカーは、低い音が苦手です。それでもベースラインが聴こえるのは、脳が倍音から低い音の高さを補っているからでした(第2回)。イヤホンなら、耳の中には低音を届けられます。けれど、胸やお腹で感じる振動までは届きません。
もうひとつは、音の居場所です。イヤホンで聴くと、音が頭の中や耳のすぐそばで鳴っているように感じることがあります。部屋のスピーカーで聴くときは、音はふつう、頭の外のスピーカーのある方向から聴こえます。
部屋で跳ね返った音は、音を「頭の外にある」と感じさせる方向に働くことが分かっています。特に効くのは、左右の耳に少しずつ違って届く反射音です。前回の、四方から届く反射音です。
部屋で跳ね返る前の卓の音を、イヤホンで聴く。配信の聴き方は、前回の「包まれる」から、いちばん遠いところにあります。

図4 音の居場所(上から見た模式図)。部屋でスピーカーから聴くと、音は頭の外のスピーカーの方向に感じる。イヤホンで聴くと、頭の中で鳴っているように感じることがある。感じ方には個人差がある。
配信だから届くもの
ここまで、配信で抜け落ちるものを並べてきました。けれど、配信の音には、配信ならではの良さもあります。
声と雑音の大きさの比が同じなら、部屋の響きが長いほど、ことばは聴き取りにくくなることが、実験で確かめられています(跳ね返ってすぐに届く音は、むしろ聴き取りを助けます)。卓の音には、部屋の響きがほとんど混ざっていません。だから歌詞の一語一語は、配信のほうがくっきり聴こえることもあります。
音量も、自分の耳にちょうどいい大きさに合わせられます。そして何より、会場に来られない日でも、遠く離れた場所からでも、同じ日の演奏に立ち会えます。
会場の音は、部屋ごと浴びる音。配信の音は、卓のすぐそばで聴く音。同じ演奏の、違う聴き方です。
次のライブで、確かめてみてください
今回の宿題です。会場で聴いた公演の配信も手元にあるなら、同じ曲を、家でイヤホンで聴き直してみてください。歌詞の聴こえ方、拍手の聴こえ方、バスドラムの手応え。どこが同じで、どこが違うでしょうか。
次回は、体が揺れてしまう話です。叩いた瞬間の鋭い音に、なぜ体が勝手に反応するのか。耳の奥にある、平衡感覚の器官の話も交えてたどります。
次回 第5回「なぜ体が揺れてしまうのか」
連載「ライブの音の正体」の予定
- なぜライブの音は「浴びる」のか
- 低音は「触る」音
- 音に包まれる仕組み
- 生音と配信音源はどう違う?(今回)
- なぜ体が揺れてしまうのか
- みんなで聴くと何が変わるか
番外 耳を守りながら浴びる
主な出典
- Houghton, M.「Recording A Live Show」Sound On Sound, 2011 ── 小さな会場では、ドラムがステージでいちばん大きな音になり、マイクはバスドラムとスネアだけで生音を補う程度のことがよくあること
- Burton, J.「Engineering Drums Live: Part One」Sound On Sound, 2014 ── 小さな会場では、ドラムは客席でもともとよく聴こえるため、PAで足す必要が小さいこと
- Senior, M.「Compression Made Easy」Sound On Sound, 2009 ── コンプレッサーがドラムの立ち上がりに反応して抑えること、リミッターは非常に強くかけるコンプレッサーであること
- Vickers, E.「The Loudness War: Background, Speculation and Recommendations」AES 129th Convention, 2010 ── 音圧競争とは何か
- Deruty, E. & Pachet, F.「The MIR Perspective on the Evolution of Dynamics in Mainstream Music」ISMIR 2015 ── 7,200曲の分析で、音圧競争は2007年ごろに頂点を迎え、曲全体の起伏は影響を受けていなかったこと
- Spotify for Artists「Loudness normalization on Spotify」── 曲を−14LUFSに合わせて再生すること、ファイルは書き換えないこと
- Painter, T. & Spanias, A.「Perceptual Coding of Digital Audio」Proceedings of the IEEE 88(4), 2000 ── CDの音のデータ量(ステレオで毎秒約1.41メガビット)と、マスキングの定義
- YouTube ヘルプ「ライブ エンコーダの設定、ビットレート、解像度を選択する」── ライブ配信の音の推奨設定(ステレオ128kbps)
- Brandenburg, K.「MP3 and AAC Explained」AES 17th International Conference, 1999 ── マスキングを計算してデータを減らす仕組みと、データが足りないときの劣化(高い音の欠落・プリエコー)
- Moliner, E., Rämö, J. & Välimäki, V.「Virtual Bass System with Fuzzy Separation of Tones and Transients」DAFx-20, 2020 ── 小さなスピーカーは低い音を出すのが苦手なこと
- Best, V. ほか「Sound Externalization: A Review of Recent Research」Trends in Hearing 24, 2020 ── ヘッドホンでは音が頭の中に感じられることがあること、反射音(特に左右の耳で違って届くもの)が音を頭の外に感じさせる方向に働くこと
- Yang, W. & Bradley, J. S.「Effects of room acoustics on the intelligibility of speech in classrooms for young children」The Journal of the Acoustical Society of America 125(2), 2009 ── 声と雑音の大きさの比が同じなら、響きが短いほど、ことばが聴き取りやすいこと/すぐに届く反射音は聴き取りを助けること
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