連載「箱(ハコ)の言葉」第2回
午後5時。エレベーターの扉が開いて、機材が降りてきます。
キャリーカートに載せたエフェクターボード。肩に掛けたギターケース。両手に提げたシンバルケース。3階のこの会場に出演者の皆さんが順番に到着して、さっきまで誰もいなかったステージに、機材が並び始めます。
そして、そのあいだに──誰かが床にしゃがみこんで、銀色のテープを小さくちぎって、貼っています。
こんにちは。東京・御茶ノ水のライブハウス「御茶ノ水パルトネール」です。ライブハウスの現場で飛び交う言葉の由来をたどる連載、第2回です(第1回「その扉の向こうを、私たちは『箱』と呼びます」はこちら)。
記事の中の3つの印は前回と同じです。◎ 確かめられた/△ 決着していない/✕ 根拠がなかった。 今回は、開演前の3時間の言葉たちです。
「入り」の由来も、分かりませんでした
出演者やスタッフが会場に到着することを「入り」と言います。「入り時間は17時です」「ボーカルさん、もう入ってます」。機材を運び込むのが「搬入」、それをステージに設置して配線していくのが「仕込み」です。運ぶことと組むことは別の作業なので、時間の見積もりも分けて立てます。
では「入り」は、いつからこの形なのか。──分かりませんでした。「楽屋入り」や「小屋入り」の短縮だろう、というところまでは見当がつくのですが、それを裏づける資料が見つからないのです。前回の「箱」と同じです。当たり前に使われている言葉ほど、来歴は書き残されていません。
ひとつ、実務的な注意を。「入り」には紛らわしい仲間がいます。「客入り」──こちらは動員、つまりお客様の数の話です。「入りが遅い」は到着の話、「客入りが悪い」は動員の話。取り違えると軽い事故になるので、私たちは出演者の方への案内に必ず「入り時間」とフルで書くようにしています。ついでに言うと「仕込み」にも「あらかじめ人を仕込んでおく(サクラ)」という穏やかでない別義があるため、対外的な文書では「設営」と書き換えています。
「バミる」──辞書は「不詳」と書いています △
床に貼られていた、銀色のテープの話です。
立ち位置や機材を置く位置に、あらかじめテープで印をつけておくことを「バミる」、その印を「バミリ」と言います。「センターマイク、バミっといて」。リハーサルで決めた配置を床に覚えさせておいて、転換のたびに同じ位置へ戻せるようにするための印です。
この言葉の由来を調べると、答えはすぐに見つかります。「場を見る」が縮まって「場見る」、それが動詞になって「バミる」──業界の用語集は、ほぼすべてがこの説明です。前回の「四角いから箱」と同じで、なるほど、と思わせます。
ところが、国語辞典は違うことを言っています。デジタル大辞泉は「バミる」を立項したうえで、語源の欄にこう書いています。
語源は不詳。「場を見る」ことに由来か。
「由来か」。辞書は断定していないのです。古い用例を集めることで知られる『精選版 日本国語大辞典』には、そもそも立項が確認できませんでした。
業界の用語集がいくら横並びで一致していても、それは独立した証拠にはなりません。用語集は、互いに引き写すからです。辞書が「不詳」と留保しているなら、そちらのほうが重い。
そして、この言葉にはまったく別の由来を語る証言があります。
日本テレビの井原高忠さんが、自著『元祖テレビ屋大奮戦!』(文藝春秋)で書いている話です。1968年、坂本九さんの番組『九ちゃん!』の現場。同局の技術局員に、物をちょろっと失敬することを方言で「バミる」と言う人物がいた。その人が「バミダン」と呼ばれ、彼が愛用していたテープが「バミテープ」と呼ばれるようになった──「場を見る」とは似ても似つかない経緯です。
どちらが正しいのかは、分かりません。片方は当事者の証言ですが、一人の記憶です。片方は業界の総意ですが、辞書が裏づけていません。だから、両方書いておきます。
ひとつだけ確かなのは、「場見る」という漢字を当てた瞬間に、この言葉の由来は確定したように見えてしまう、ということです。もっともらしい漢字は、根拠のない語源説のいちばんの発生源です。
リハーサルは、土を耕し返すことでした ◎
バミリが済むと、リハーサルが始まります。
リハーサル(rehearsal)の由来は、きれいにたどることができました。さかのぼると、古いフランス語の rehercier──「馬鍬(まぐわ)で、もう一度土をかき返す」という言葉に行き着きます。herse は馬に引かせて土を砕く農具のこと。「もう一度かき返す」が「繰り返して述べる」になり、1570年代ごろに「上演のために練習する」という今の意味になりました。
同じ土を、何度もかき返して、ならしていく。リハーサルの語源は、農作業でした。
(ついでに分かって驚いたことをひとつ。霊柩車を意味する英語 hearse も、同じ herse が語源です。馬鍬の形に似た燭台の架を棺の上に置いたことから。リハーサルと霊柩車が親戚だとは、調べるまで思いもしませんでした。)
リハーサルは、なぜ「うしろから」始まるのか
複数の出演者が出るライブでは、リハーサルを出演順の逆から行うのが標準です。トリの出演者が最初にリハをして、1組目が最後。これを「逆リハ」と言います(出演順どおりなら「順リハ」)。
初出演の方には必ずと言っていいほど不思議がられるのですが、これには、はっきりした理由があります。
最後にリハーサルをした1組目のセッティングが、そのまま本番のステージに残るからです。
リハが終わって、開場して、開演。このとき舞台の上には、最初に演奏する1組目の機材配置が、もう出来上がっています。転換──出演者が入れ替わるときの機材の入れ替え──は、バンド編成なら1回に最低10分はかかります。つまり逆リハは、開演前の転換を1回、まるごと消しているのです。開演前の10分を、その日の段取りが先回りして節約している。知恵だと思います。
では、この合理的な仕組みがいつ生まれ、いつから「逆リハ」と呼ばれているのか。──それを示す資料は、見つかりませんでした。 理由はこんなに明快なのに、歴史は誰も書き残していないのです。
当会場では、出演者の方への案内にリハの時間を示して、順番が分かるようにお伝えしています。「逆リハです」の一言だけでは、知らない方には本当に通じないからです。
「ガムテープはエジソンの発明」──根拠がありませんでした ✕
テープの話に戻ります。現場でテープと言えば「ガムテ」──なのですが、この言葉には意外なことが2つありました。
ひとつ。「ガムテープはエジソンが発明した」という話が、テープを扱うお店のサイトなどで広く語られています。これは、裏づけが見つかりませんでした。 英語圏の資料でも「特許の記録がなく、証明できない業界の伝説」とされています。
ふたつ。そもそも「ガムテープ」は英語の gummed tape から来た和製の略語で、本来は水で濡らして貼る、クラフト紙のテープのことです。gum は糊の意味。日本では1923年に製造機械が輸入されて、国内生産が始まりました。つまり、あの茶色い布の粘着テープを「ガムテ」と呼ぶのは、言葉の本来からいうと誤用です(もっとも現場では完全に定着していますし、私たちも使っています)。
床に貼っていいテープと、いけないテープ
ガムテには、現場でもうひとつ大事な決まりごとがあります。床には貼らない。 糊が残るからです。
バミリに使うのは、剥がした跡が残りにくいテープ──定番は「パーマセル」です。紙ベースで、手でまっすぐ切れて、跡が残らない。
この名前の由来は◎、はっきりしていました。アメリカの粘着テープメーカー、Permacel 社。社名がそのままテープの呼び名になったのです。会社そのものはその後、買収と売却を経て、いまは別の会社が製造しています。会社は変わったのに、名前だけが現場に残った。 前回書いた「楽屋」──演奏の場ではなくなったのに名前が残った部屋──と、同じ形です。ホチキスやセロテープと同じ、商標が普通名詞になった言葉でもあります。
バミリの貼り方には定石があります。立ち位置はT字、機材の角はL字。

バミリの定石。用語を示すための模式図です。
もうひとつ、この時間帯の言葉で由来がきれいなものを。「養生」です。床や壁をシートやテープで覆って、傷や汚れから守ること。もとは「生を養う」──健康を保つ、という漢語で、そこから「傷つけたくないものをあらかじめ守る」という意味に転じ、建築の現場を経て舞台に来ました。ちなみに「養生テープ」は”養生に使うテープ”のことで、テープの名前が先にあったわけではありません。当会場では、こちらの方をよく使いますね。
そして、ドラムセットが載っているあの台。「平台(ひらだい)」と言います。高さを出すために下に入れる木の箱が「箱馬(はこうま)」。江戸時代の歌舞伎から続く大道具とされ、寸法は今も尺貫法です(「サブロク」は3尺×6尺の平台のこと)。エレベーターで運び込まれた最新の機材の足元に、江戸の寸法で作られた台がある。ライブハウスは、そういう場所でもあります。
おわりに
午後5時に貼られた銀色のテープは、終演後、その日のうちに剥がされて、跡も残りません。
「バミる」の由来は、決着しませんでした。通説には辞書が留保をつけていて、別の証言は一人の記憶で、どちらとも決められない。それでも、この記事で「分からなかった」と書いたことは、本当に分からなかったことです。もっともらしい説明で埋めていません。
次回は、開演1時間前──音の言葉の話です。ステージの上で鳴っている音と、客席で聞こえている音は、実は違います(「中音」と「外音」)。そして「ハウリングは和製英語」という、私たち自身も信じていた説明が、調べたら崩れました。
主な出典
- デジタル大辞泉「バミる」(Weblio辞書)
- 『精選版 日本国語大辞典』(コトバンク)──「バミる」の項が立てられていないことの確認に使いました
- 井原高忠『元祖テレビ屋大奮戦!』(文藝春秋)──同書の記述は、引用紹介記事を通じて確認しました
- Online Etymology Dictionary「rehearsal」
- このほか、本文で「業界の用語集」と呼んでいるのは、音響・舞台関連各社の用語解説ページです
当会場への出演をご検討の方へ
出演が決まってから当日までの流れ(入り時間やリハーサルのご案内を含みます)は、こちらのページにまとめています。→「出演決定後に」
御茶ノ水パルトネールについて
御茶ノ水パルトネールは、東京・御茶ノ水の楽器の街にある小さなライブハウスです。日々さまざまなライブイベントを開催しています。ご不明な点は、お気軽にお問い合わせください。

