連載「ライブの音の正体」第2回(全6回+番外)
前回の宿題、覚えていますか。ライブで目を閉じて30秒、体のどこで音を感じるか。胸のあたりで感じた人もいたはずです。今回は、その正体である低音の話です。なぜ低音は、耳ではなく胸に届くように感じるのか。調べてみると、分かったことと、分からなかったことがありました。
低音は、体より大きな波
音は空気の振動で、波として伝わります。その波の長さ(波長)は、音の高さで大きく変わります。計算は簡単で、音の速さ(気温20℃で毎秒約343m)を、1秒あたりの振動の回数(周波数)で割るだけです。
- 1,000Hz(電話の声の帯域の中ほど):約34cm
- 100Hz:約3.4m
- 50Hz(キックのいちばん低い成分のあたり):約6.9m
- 41Hz(ベースの最低音、4弦のE):約8.3m
高い音の波は手のひらに収まるほどの長さですが、ベースの最低音の波は8mを超えます。人の背丈の5倍近くです。私たちはライブで、自分の体よりずっと大きな波の中にいます。前回、「浴びる」は外から全身を包むものだと書きました。低音は、まさに体ごと包んでしまう大きさの波なのです。

図1 波長のものさし。波1つぶんの長さを同じ縮尺で並べた。点線は人の背丈(約1.7m)。ベースの最低音(41Hz)の波は、背丈の5倍近くある。
耳は、低音が苦手
もうひとつの理由は、耳の性質です。人の耳は、低い音ほど感じにくくできています。
音の大きさの感じ方を周波数ごとに測った国際規格(ISO 226)から計算すると、50Hzの音を1,000Hzの音と同じ大きさに聴かせるには、次のぶんだけ強くする必要があります。
- 図書館くらいの静かさ(約40dB)の小さな音量:約38dB強く(エネルギーで約6,000倍)
- 普通の会話くらい(約60dB)、家で音楽を聴くくらいの音量:約30dB強く(約1,000倍)
- 地下鉄の車内くらい(約80dB)の大きな音量:約22dB強く(約150倍)
※音量は、1,000Hzの音に換算した大きさです。
音量を上げるほど差が縮まり、低音が聴こえやすくなるのです。家で小さな音で聴くと低音が物足りなく、ライブでは低音がたっぷり聴こえる。その理由のひとつがこれです。
それでも、低音を高い音と同じ大きさに聴かせるには、大きなエネルギーが要ります。そして耳が受け止めきれないぶんのエネルギーは、空気を伝わって体に届きます。

図2 同じ大きさに聴こえるのに必要な強さ(ISO 226:2003から計算)。左の黒丸が1,000Hz、右の朱丸が50Hz。音量が上がるほど差は縮まる。
皮膚には、振動を“触る”センサーがある
体の側にも、振動を受け取る仕組みがあります。手のひらなど毛のない皮膚の研究では、性質の違う振動センサーが4種類あり、全部合わせると、1秒に1回もないゆっくりした揺れから、500Hzを超える振動までを感じ取れるとされています。そのひとつ、皮膚の奥にある「パチニ小体」は、250Hz前後の振動にいちばん敏感です。
キックやベースの音は、ちょうどこの範囲に入ります。キックのいちばん低い成分(基音)はおおよそ40〜100Hz。その上の100〜250Hzあたりには、太鼓の胴が鳴る厚みがあります(音響の現場でよく使われる目安です)。耳に届くのと同じ音が、皮膚のセンサーにも届いている。低音が「触れる」ように感じるのは、気のせいではありません。
この感覚を誰よりも使いこなしているのが、スコットランドの打楽器奏者エヴリン・グレニーです。8歳ごろから聴力を失い始め、12歳ごろには重い難聴になりました。それでも世界の第一線で演奏を続け、よく裸足で演奏し、足の裏から伝わる振動で音を感じ取っています。本人は、体全体が大きな耳のようなものだと書いています。とても低い振動になると、耳は効率が悪くなり、体の触覚が代わりを務めはじめるとも書いています。感じる場所は、低い音なら主に脚や足、高い音なら顔や首、胸のあたりで感じることもあるそうです。

図3 周波数の地図(横軸はHz、目盛りは対数)。皮膚の振動センサーが感じ取れる範囲に、キックとベースの音域がそのまま入る。
なぜ「胸」なのか
では、なぜ低音は特に胸で感じるのでしょうか。
よく聞く説明は「胸が低音に共鳴するから」というものです。ただ、ライブの音域で胸が共鳴することを示す確かな測定は、今回は見つけられませんでした。
その代わりに、確かめられたことがあります。川崎市の産業医学総合研究所(2006年の統合で、現在の労働安全衛生総合研究所)の研究グループが、1999年に発表した測定です。いすに座った人に100〜110dBの低い音(20〜50Hz)を聞かせ、胸とお腹に重さ0.5gの小さな振動計を貼って、体の表面の揺れを測りました。すると、胸もお腹も音に合わせて揺れていて、音を5dB大きくすると、揺れもほぼ5dB大きくなりました。31.5Hzより高い音では、胸の揺れはお腹より10dBほど大きくなっていました。
研究者は、胸が揺れやすい理由を、肺が風船のような作りで、気道を通じて外の空気とつながっているからだろうと考えています。測ったのは50Hzまでですが、別の研究の結果から、胸の揺れは150〜200Hzあたりまで、さらに大きくなっていく可能性があるとも書いています。ちょうど、キックの胴が鳴る音域です。
同じ研究者による2011年の実験では、胸やお腹で「振動を感じる」と答えた強さが、実際に測った体の表面の揺れの大きさと強く連動していました。頭では、そうした連動は見られませんでした。胸で感じる低音は気のせいではなく、本当に胸が揺れているのです。
振動は、空気からだけでなく、床や椅子からも伝わってきます。ドイツのドレスデン工科大学の実験では、低い単純な音に座席からの振動を加えると、同じ音が平均で約1dB大きく聴こえました。研究者らは、聴き手は振動を音とは別のものとしてはあまり意識せず、耳から入った音と体で受けた振動が、ひとつの感覚にまとまって受け取られているのだろうと述べています。座って聴く当会場でも、椅子から伝わる揺れが、音の一部になっていると考えられます。
ただし、感じる場所は人によって違うようです。先ほどのグレニーは、低い音を脚や足で、高い音を顔や首、胸のあたりで感じると書いていました。本人も、感じ方は楽器との位置関係や、部屋の響きによって変わると書いています。裸足で床に立つ人と、椅子に座って聴く人とでは、振動の入り口が違うのかもしれません。なぜ胸なのか。肺の作りが関わっていそうだ、というのが研究者の見立てですが、はっきりした決め手は分かりませんでした。
当会場は、スピーカーを2台重ねています
ここで、当会場のスピーカーの話をさせてください。
当会場では、エレクトロボイスのSH-1502ERというスピーカーを、ステージの左右に2台ずつ縦に重ねています。1台の高さは81cmで、上下のウーファー(低音を出すスピーカー)の間隔も81cm。この間隔よりずっと長い波の低音、目安として100Hzより下では、2台から出る低音が山と山をそろえて足し合わさります。理屈の上では、1台のときより最大で約6dB(エネルギーで約4倍)大きくなります。一方、波の短い高い音では足し合わさり方が弱く、平均すると約3dB(約2倍)どまりです。重ねるだけで、音のバランスが低音のほうへ傾くのです。
最初に見た「波の長さ」が、ここでも効いています。

図4 2台重ねたときの足し合わさり方(片側)。上下のウーファーの間隔は81cm。波の長い低音はそろって重なり、波の短い高音は、届くまでの距離の差で山と谷がずれる。数値は理屈の上での目安。
スマホでもベースは“聴こえる”のに
最後に、家で聴く低音との違いです。
スマホのスピーカーは小さいので、数百Hzより下の音はほとんど出せません。50Hzのキックも、41Hzのベースも、実際にはほぼ鳴っていないのです。それなのに、スマホでもベースラインは聴こえます。
これは、脳が補っているからです。楽器の音には、いちばん低い音(基音)のほかに、その2倍、3倍の高さの音(倍音)が含まれています。基音が欠けていても倍音が並んでいれば、脳は「本当はこの高さの音だ」と基音を聴き取ってしまいます。「ミッシング・ファンダメンタル」と呼ばれる、よく知られた現象です。
実は、同じことはライブハウスでも起きています。当会場のスピーカーは、仕様書によると46Hzまで下がると、出せる音のエネルギーが10分の1ほどに落ちます。サブウーファー(低音専用のスピーカー)は置いていないので、ベースの最低音41Hzの基音そのものは、弱くしか出ていません。それでも、いちばん低い音の高さはちゃんと分かります。2倍の82Hz、3倍の123Hzといった倍音がしっかり鳴っていて、脳が基音を補っているからです。そしてその倍音は、2台重ねたスピーカーから足し合わさって出て、体を揺らしています。

図5 基音と倍音(模式図)。点線はベースの最低音41Hzの本来の大きさ。当会場のスピーカーからは弱くしか出ないが、82Hz・123Hz…の倍音から、脳が41Hzの高さを補って聴いている。
イヤホンなら、耳の中には低音を届けられます。けれど、体には届きません。家で聴く低音は「高さとして聴こえる低音」です。ライブで浴びる低音は、それに加えて「空気と床の振動として触れる低音」でもあります。同じベースラインでも、受け取っているものの量がまったく違うのです。
次のライブで、確かめてみてください
今回の宿題です。次のライブで、キックが鳴ったときとベースが鳴ったときで、体の感じる場所が違うかを確かめてみてください。座っている人は、椅子や床から来る揺れにも意識を向けてみてください。
次回は、音に包まれる仕組みの話です。低音は壁を回り込み、同じ会場でも、座る場所によって量が変わります。その理由を解き明かします。
次回 第3回「音に包まれる仕組み」
連載「ライブの音の正体」の予定
- なぜライブの音は「浴びる」のか
- 低音は「触る」音(今回)
- 音に包まれる仕組み
- 生音と配信音源はどう違う?
- なぜ体が揺れてしまうのか
- みんなで聴くと何が変わるか
番外 耳を守りながら浴びる
主な出典
- Takahashi, Y., Yonekawa, Y., Kanada, K. & Maeda, S.「A Pilot Study on the Human Body Vibration Induced by Low Frequency Noise」Industrial Health 37(1), 1999 ── 低い音で胸とお腹の表面が揺れること、31.5Hzより上では胸がお腹より約10dB大きく揺れること
- Takahashi, Y.「A study on the contribution of body vibrations to the vibratory sensation induced by high-level, complex low-frequency noise」Noise & Health 13(50), 2011 ── 胸とお腹で感じる振動の強さが実測の揺れと連動し、頭では連動しなかったこと
- Bolanowski, S. J. Jr. ほか「Four channels mediate the mechanical aspects of touch」The Journal of the Acoustical Society of America 84(5), 1988 ── 毛のない皮膚では4つの仕組みが振動の感じ取りを分担し、0.4Hzから500Hz超までに及ぶこと
- Merchel, S., Leppin, A. & Altinsoy, M. E.「Hearing with Your Body: The Influence of Whole-Body Vibrations on Loudness Perception」16th International Congress on Sound and Vibration, 2009 ── 座席の振動で同じ音が平均約1dB大きく聴こえたこと
- Merchel, S. & Altinsoy, M. E.「The Influence of Vibrations on Musical Experience」Journal of the Audio Engineering Society 62(4), 2014 ── 聴き手は振動を音と別のものとして意識しにくいこと
- Evelyn Glennie「Hearing Essay」「Deaf, Sound and Music Questions」/TED「Evelyn Glennie」── 聴力の経緯、裸足での演奏、低い振動を触覚が受け持つこと、感じる体の場所
- ISO「ISO 226:2003 Acoustics — Normal equal-loudness-level contours」(2023年に改訂)── 低い音ほど、同じ大きさに聴かせるのに強さが要ること(本文の数値は2003年版の式で計算)
- Electro-Voice「SH-1502ER Specification Sheet」(メーカー資料)── 当会場のスピーカーの周波数特性・寸法
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