音に“包まれる”仕組み ― 跳ね返る音と、席で変わる低音|ライブの音の正体 第3回

人の形を左右から朱の弧が包む絵。連載「ライブの音の正体」第3回「音に“包まれる”仕組み ― 跳ね返る音と、席で変わる低音」の題字 ブログ

連載「ライブの音の正体」第3回(全6回+番外)

前回の宿題は、キックとベースで、体の感じる場所が違うかどうかでした。今回は、その音がどこから来ているかの話です。

第1回で、ライブの音は前から届くだけでなく、壁や天井や床に跳ね返って、四方八方から押し寄せてくると書きました。今回は、その仕組みをたどります。前回予告した「座る場所で低音の量が変わる理由」も、ここで解き明かします。

耳に届く音は、1本ではない

ステージのスピーカーから出た音は、まっすぐ耳に届くだけではありません。横の壁や後ろの壁、天井、床にぶつかって跳ね返り、遠回りしてから届く音もあります。まっすぐ届く音を「直接音」、跳ね返ってから届く音を「反射音」といいます。

音は気温20℃の空気中で、1秒に約343m進みます。1ミリ秒(1000分の1秒)なら約34cmです。反射音は遠回りするぶん、遅れて届きます。たとえば直接音より3.4m長い道のりを通った反射音は、10ミリ秒遅れて届きます。

小さな会場では、壁も天井も近くにあります。最初の反射音は、直接音のすぐあとに届きます。そのあとも、壁から壁へ跳ね返りを重ねた音が、少しずつ弱まりながら、あらゆる方向から届き続けます。

図1 直接音と反射音

図1 直接音と反射音(上から見た模式図)。左右のスピーカーからの直接音のほかに、横の壁や後ろの壁で跳ね返った音が、遠回りして少し遅れて届く。

遅れて届いた音は、ひとつにまとまる

では、私たちには同じ音が何度も聴こえているのでしょうか。そうはなりません。耳と脳には、少し遅れて届いた音を、先に届いた音とひとまとめにして聴く働きがあります。「先行音効果」と呼ばれる現象です。ドイツの研究者ハースの実験にちなんで、「ハース効果」とも呼ばれます。

ひとまとめにされているあいだは、遅れた音は2つ目の音(エコー)としては聴こえません。音がどちらから来るかも、先に届いた直接音の方向に感じます。ひとまとめにできる遅れの長さは、音の種類で変わります。手をたたいたような短い音なら5〜10ミリ秒ほど、話し声なら30ミリ秒前後が目安です。研究の条件によっては、もっと長くなることもあります。

ひとまとめにされた反射音は、消えてしまうわけではありません。ハースが話し声で調べた実験では、遅れが1〜30ミリ秒の反射音は、音を大きくし、音の出どころを広がって感じさせる側に回りました。遅れた音が2つ目の音として聴こえ始めるには、直接音より10dBほど大きくなる必要がありました。

図2 耳に届く音の順番

図2 耳に届く音の順番(模式図)。直接音のあと、初期の反射音、そしてあらゆる方向から遅れて届く音が続く。はじめの短い時間に届いた音は、ひとつの音にまとまって聴こえる。

四方から届く音が「包まれる」をつくる

反射音は、音を大きくするだけではありません。どの方向から、どのくらい遅れて届くかで、聴こえ方の「広さ」も変えます。

コンサートホールの研究では、この広さを2つに分けて考えます。ひとつは、横の壁などから早めに届く反射音がつくる、「音の出どころが実際より幅広く聴こえる」感覚です。早めとは、直接音からおよそ80ミリ秒以内が目安です。もうひとつは、それより遅れて、いろいろな方向から届く音がつくる、「音に包まれている」感覚です。カナダの研究グループは、80ミリ秒より後に横から届く音の量が、包まれる感じの強さとよく対応することを示しました。

第1回で書いた「浴びる」の「四方八方から」は、この包まれる感覚のことです。なお、80ミリ秒という境目は測るための目安で、そこで聴こえ方が急に変わるわけではありません。

低音は回り込み、高音はまっすぐ進む

ここで、前回の「波の長さ」がもう一度出てきます。ベースの最低音の波は約8.3m、100Hzでも約3.4mです。人の頭や体、柱、スピーカーの箱よりずっと大きい。こうした長い波は、物にぶつかっても、その後ろへ回り込んで広がります。これを「回折」といいます。

高い音は違います。1,000Hzの波は約34cm、4,000Hzなら約9cmです。波の長さより十分に大きな物があると、その後ろには音の届きにくい「影」ができます。高い音は、ほぼまっすぐ進むのです。だからスピーカーは、高い音をホーン(ラッパ形の部品)で、狙った方向に送り出せます。

当会場のSH-1502ERも同じです。仕様書によると、高い音を受け持つホーンは、左右におよそ90°、上下におよそ40°の範囲に向けて音を送り出す設計です。一方、100Hzより下の低音は、メーカーの測定で、ほぼ全方向に広がっています。スピーカーの後ろ、ステージの奥の壁にも、低音は回り込みます。そして壁で跳ね返り、客席へ戻ってきます。

図3 低音と高音の広がり方

図3 低音と高音の広がり方(上から見た模式図・SH-1502ERの仕様書による)。100Hzより下の低音はほぼ全方向へ広がり、高い音はホーンで前方にしぼって送り出す。

席によって、低音の量が変わる

あらゆる方向へ広がった低音は、部屋の中を行ったり来たりします。そこで起きるのが「定在波」です。

向かい合う壁の間を音が行き来すると、行きの波と帰りの波が重なります。壁の間隔が、ちょうど波の長さの半分の整数倍になる高さの音では、強め合う場所と弱め合う場所が、部屋の中の決まった位置にとどまります。波がその場に止まっているように見えるので、定在波と呼ばれます。

定在波ができる高さは、壁の間隔で決まります。計算は「音の速さ÷(壁の間隔×2)」と、その2倍、3倍…です。たとえば向かい合う壁が8m離れた部屋なら、約21Hz、43Hz、64Hz…に並びます。43Hzは、ベースの最低音(41Hz)のすぐそばです。この43Hzの定在波では、壁際と部屋の真ん中で音が大きく、その間の2か所で小さくなります。8mは計算の例で、当会場の寸法ではありません。

図4 定在波による音の大きさの分布(例)

図4 定在波による音の大きさの分布(例)。向かい合う壁が8m離れた部屋で、約43Hzの低音が鳴ったとき。壁際と真ん中で大きく、その間の2か所で小さい。

壁の組み合わせは、前後・左右・上下の3組あります。それぞれに定在波ができ、斜めに行き来する波もあります。小さな部屋ほど、低音域でひとつひとつの定在波の影響がはっきり出ます。高い音になると、定在波がびっしり並んで重なり合うので、席による差はならされていきます。席で量が大きく変わるのは、主に低音です。

どのくらい変わるのでしょうか。アメリカの音響メーカーの研究者が、家庭のシアタールームくらいの部屋に16の席を並べて、低音の量を計算した例があります。低音専用のスピーカーを1台、なるべく良い位置に置いた場合でも、20〜80Hzの低音の量のずれは、席と音の高さによって、いちばん多いところと少ないところで17dBほど開きました。エネルギーにして約50倍の差です。ライブハウスで実際に測った値は、今回は見つけられませんでした。

同じ曲の同じ瞬間でも、ある席ではベースがよく響き、別の席では控えめに聴こえる。気のせいではなく、部屋の形が決める物理です。

2台重ねたスピーカーの、もうひとつの顔

前回、当会場ではスピーカーを2台縦に重ねていて、波の長い低音は2台ぶんがそろって足し合わさると書きました。波の短い音では、少し事情が違います。

上下のスピーカーは81cm離れています。座る位置によっては、上のスピーカーから耳までの距離と、下のスピーカーから耳までの距離に差ができます。その差が、ちょうど波の長さの半分になる高さの音は、山と谷がぶつかって弱め合います。その3倍、5倍…の高さでも同じです。逆に、強め合う高さもあります。音の高さの目盛りの上に、弱め合うところが等間隔に並ぶので、「くし形フィルタ」と呼ばれます。

図5 くし形フィルタのしくみ

図5 くし形フィルタのしくみ(模式図と計算の例)。上下のスピーカーから耳までの距離に差があると、差がちょうど波の長さの半分になる音で、山と谷がぶつかって弱め合う。弱め合う高さはその3倍、5倍…にも現れ、くしの歯のように等間隔に並ぶ。

距離の差は、座る位置の前後や高さで変わります。だから、弱め合う音の高さも席ごとに変わります。席によって、高い音の音色がわずかに違って聴こえる原因のひとつです。ただし、2つの音の大きさがそろっていないと、弱め合いは浅くなります。

次のライブで、確かめてみてください

今回の宿題です。曲の途中で目を閉じて、音がどこから来ているかを探してみてください。前のスピーカーからだけでなく、横や後ろからも届いている感じがあれば、それが反射音です。

もうひとつ。次にご来場の際は、前回と違う列に座ってみてください。ベースの響き方や、音の広がり方の違いに気づくかもしれません。

次回は、生音と配信音源の違いの話です。同じ演奏を、配信やイヤホンで聴いたとき、何が失われて、何が残るのか。今回の「部屋の音」も、深く関わってきます。

次回 第4回「生音と配信音源はどう違う?」

連載「ライブの音の正体」の予定

  1. なぜライブの音は「浴びる」のか
  2. 低音は「触る」音
  3. 音に包まれる仕組み(今回)
  4. 生音と配信音源はどう違う?
  5. なぜ体が揺れてしまうのか
  6. みんなで聴くと何が変わるか

番外 耳を守りながら浴びる

主な出典

  • Haas, H.「The Influence of a Single Echo on the Audibility of Speech」Journal of the Audio Engineering Society 20(2), 1972(原論文は Acustica 1, 1951)── 遅れが1〜30ミリ秒の反射音は2つ目の音に聴こえず、音を大きく、広がって感じさせること
  • Brown, A. D., Stecker, G. C. & Tollin, D. J.「The Precedence Effect in Sound Localization」Journal of the Association for Research in Otolaryngology 16(1), 2015 ── 先行音効果の定義と、ひとまとまりに聴こえる遅れが音の種類や条件で変わること
  • Bradley, J. S. & Soulodre, G. A.「Objective measures of listener envelopment」The Journal of the Acoustical Society of America 98(5), 1995 ── 80ミリ秒より後に横から届く音の量が、包まれる感じとよく対応すること
  • Barron, M.「Using the standard on objective measures for concert auditoria, ISO 3382, to give reliable results」Acoustical Science and Technology 26(2), 2005 ── 音の広がりと包まれる感じを分けて測る考え方
  • 日本建設業連合会「回折減衰」── 低い音は回り込みやすく、高い音は障害物の後ろに届きにくいこと
  • OpenStax「University Physics Volume 1, 17.4 Normal Modes of a Standing Sound Wave」── 定在波ができる条件と、2つの音が弱め合う条件
  • Welti, T. & Devantier, A.「Low-Frequency Optimization Using Multiple Subwoofers」Journal of the Audio Engineering Society 54(5), 2006 / Welti, T.「Subwoofers: Optimum Number and Locations」Harman ── 定在波で、席ごとに低音の量が大きく変わること(16席の計算例)
  • Electro-Voice「SH-1502ER Specification Sheet」(メーカー資料)── 当会場のスピーカーの指向性(高い音のホーンの範囲と、100Hzより下の広がり方)

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