連載「箱(ハコ)の言葉」第6回
出演が決まった方に、当日の説明をするとします。現場の言葉のままで書くと、たとえばこうなります。
「当日はワンマンではなく、4組の対バンです。トリは4組目。尺は30分で、押したら巻きでお願いします。ホリの色はリハで決めましょう。ノルマはありません」
短い説明です。ところがこの数行に、江戸の寄席の言葉と、映画とテレビの言葉と、ドイツ語と、和製英語と、ロシア語が同居しています。
こんにちは。東京・御茶ノ水のライブハウス「御茶ノ水パルトネール」です。ライブハウスの現場で飛び交う言葉の由来をたどる連載、第6回です(第1回「箱」・第2回「バミる」・第3回「中の音と、外の音」・第4回「客電が落ちる」・第5回「押す、巻く、テッペン」)。
第5回までは、午後4時の入りから深夜0時の「テッペン」まで、一夜を時間の順にたどりました。今回は幕間です。時計を止めて一歩引き、なぜライブハウスの言葉は、こんな言葉遣いになったのかを眺めます。
印はいつもどおりです。◎ 確かめられた/△ 決着していない/✕ 根拠がなかった。
答えを先に書きます。ライブハウスの言葉は、ひとつの場所で生まれたものではありません。少なくとも六つの、まったく別の水源から流れてきた川が、1970年代に生まれた「ライブハウス」という店で合流したものです。上流から順にたどります。
一つめの川 ── 江戸の芝居小屋と寄席
いちばん古い地層です。日本の興行は、江戸の歌舞伎と寄席の時代に、商売としてすでに出来上がっていました。舞台の空間を指す言葉と、出演者の序列を指す言葉は、ほとんどがこの川から来ています。 上手・下手、袖、板付き、トリ、前座。第4回と第5回で書いた言葉の多くが、ここの出身です。
この川の言葉には、いまのライブハウスの舞台にはまず無いものの名前も、たくさん流れています。
奈落(ならく)◎。 舞台の床下の空間です。もとはサンスクリット語の naraka(地獄)を漢字で写した仏教語でした。それが「どん底」の意味になり、やがて劇場の床下を指すようになった。意味が三段階で移った言葉です。
盆(ぼん)◎。 回り舞台の、円く切った床のことです。いまの形の回り舞台は、1758年(宝暦8年)の大坂の芝居小屋で、狂言作者の初代・並木正三(なみき しょうざ)が、独楽(こま)回しから思いついたものとされます。丸い床に心棒を付け、その心棒を舞台の下の奈落まで通して回した。盆と奈落は、ひとつの仕掛けの上と下でした。
緞帳(どんちょう)◎。 上から下りてくる厚い幕です。いまは大きなホールの幕を指す普通の言葉ですが、江戸時代には逆の意味を背負っていました。正式に認められた劇場は、横に引く「引き幕」を使えた。条件付きで認められた小さな芝居小屋は引き幕を許されず、上げ下ろしする垂れ幕を使った。そこから「緞帳芝居」は格式の低い小屋を、「緞帳役者」は下級の役者を指すようになりました。夏目漱石の『吾輩は猫である』にも「緞帳役者」が出てきます。
いまでは人を見下す言葉なので、誰かに向けて使うことはありません。それでも、格下の目印だった幕の名前が、いまは立派なホールの幕の名前になっている。言葉の立場は、ときどき入れ替わります。
二つめの川 ── 映画とテレビ
ライブハウスの「時間の言葉」は、ほぼ全部この川から来ています。
第5回で書いたとおり、各組の持ち時間を指す「尺」は、フィルムの長さがそのまま上映時間だった、映画の言葉です。進行が遅れる「押す」には、1952年、NHKのアナウンサーだった藤倉修一さんの著書に用例が残っていました。
分単位、秒単位で進行を管理する。この規律は、映画とテレビの現場で育ちました。ライブハウスの一夜が「◯時◯分」で細かく刻まれているのは、この川の水です。
三つめの川 ── ドイツ語
ゲネプロ ◎。 本番とまったく同じ条件で通す、最後のリハーサルです。ドイツ語の Generalprobe(ゲネラールプローベ=総稽古)。国語辞典や百科事典がそろってドイツ語由来と書いていて、この連載で調べた中でも、いちばん確かな語のひとつです。
面白いのは略し方です。「ゲネラール」の頭の2音と、「プローベ」の頭の2音で「ゲネプロ」。この縮め方は日本のもので、ドイツ語圏では「GP」と呼ばれ、「ゲネプロ」は通じません。
ホリゾント ◎。 舞台の奥の幕、またはそれを照らす照明です。ドイツ語の Horizont(地平線)。第4回で、この会場には幕がなく、白い壁を照らして「ホリ」と呼んでいる、と書きました。
なぜドイツ語なのか。明治の日本は、西洋の音楽を、学校やオーケストラの仕組みごとドイツ語圏から多く取り入れました。日本の音楽の現場で、音名がイタリア語の「ドレミ」と、ドイツ語読みの「ツェー・デー・エー」の両方で呼ばれているのも、同じ事情だと説明されます。
ただ、正直に書いておきます。一つひとつの語がドイツ語から来たことは辞書で確かめられましたが、「だからドイツ語が残った」という筋書きのほうは、研究で裏付けを取れていません。 筋は通っています。◎の一歩手前、です。
四つめの川 ── 英語と、和製英語
ここまでの三つは、ライブハウスが先輩の興行から受け継いだ言葉でした。四つめは、ライブハウスが自分で作った言葉です。そしてその多くは、英語の顔をした日本語です。
第1回で書いたとおり、「ライブハウス」という言葉そのものが和製英語でした◎。確認できる最も古い用例は1975年。店が先にあって、名前は後から付きました。
ワンマン ◎(和製英語)。 出演者が1組だけの単独公演です。英語の one-man show は、ふつう演劇やコメディの「一人芝居」のこと。4人組のバンドの単独公演を one-man と呼ぶのは、英語として成り立ちません。英語なら headline show や solo concert。「ツーマン」「スリーマン」は、そこから日本で作られた仲間です。
チャージバック。入場料の一部を出演者にお返しする、精算の仕組みです。ところが英語の chargeback は、クレジットカードの支払いの取り消しのことで、まったく別の意味になります。英語圏でこれに近いのは door split(入場料の分け合い)。この言葉が英語からの借用なのか、「チャージ」と「バック」を日本でつなげたのかは、判断する材料が見つかりませんでした△。
ひとつだけ、あえてこの川に入れなかった言葉があります。「対バン」です。「対(たい)+バンド」の縮めた形とみられますが、別の説もあって、決着していません。この語は次回、たっぷり扱います。
五つめの川 ── ロシア語、ただ一語
ノルマ ◎。 出演者が引き受ける、チケットの最低枚数のことです。「ノルマ20枚」。
この言葉だけが、シベリアから来ました。
ロシア語の норма(ノルマ)。第二次世界大戦のあと、ソ連に抑留された人々が、帰国とともに日本に持ち込んだ言葉です。収容所で課された、労働の割当量の呼び名でした。
これは俗説ではありません。精選版日本国語大辞典は「第二次世界大戦のシベリア抑留者が、引き揚げてきて伝えた語」と本文に明記し、デジタル大辞泉も同じ趣旨を書いています。編集と校閲を経た国語辞典2種の一致です。
裏付けはもうひとつあります。辞書に載っている最も古い用例は、1949年、作家・梅崎春生の小説「赤帯の話」の「ノルマはあるにはあったが」という一節です。それより前の用例は、見つかっていません。 抑留された人々の帰国は、1946年に始まりました。言葉が現れた時期と、人が帰ってきた時期が、ぴたりと重なります。
さかのぼると、ロシア語の norma はラテン語の norma から来ていて、その元の意味は「直角定規」でした。英語の norm や normal と、同じ根を持つ言葉です。
直角を測る定規が「規範」になり、収容所の割当量になり、そして七十数年かけて、出演者に手渡されるチケットの枚数になりました。
ライブハウスの言葉で、ロシア語から来たものは、私たちが調べた範囲ではこれひとつです。そして、一般の「ノルマ」がいつライブハウスの「チケットノルマ」になったのかは、分かりませんでした△。1980年代のバンドブームの頃に広まった、という話はあるのですが、資料が見つかっていません。
私たちが組む対バンのライブでは、ノルマを設けていません。言葉は、来た道を忘れても使えます。けれど、来た道を知ってから使うと、少しだけ重さが変わります。
六つめの川 ── 戦後のジャズマンの、逆さ言葉
「ジャズ」を「ズージャ」、「ピアノ」を「ヤノピ」、「六本木」を「ギロッポン」。音をひっくり返して作る言葉を、倒語(とうご)と言います。芸能界の言葉といえばこれ、という印象の方も多いと思います。
この川は、二階建てになっています。
一階は、造り方です◎。音を逆さにして隠語を作るやり方は、戦後の発明でも、バブルの頃の発明でもありません。精選版日本国語大辞典は、倒語の例に「ねた(種)」を挙げています。話の「ネタ」は、「たね」の逆さ言葉です。 チケットの転売屋を指す「ダフ屋」の「ダフ」も、「ふだ(札)」の逆さ読みだと国語辞典に書かれています。
二階は、いま残っている言葉の顔ぶれです。戦後、進駐軍のキャンプやキャバレーを回っていたジャズのバンドマンたちが、この逆さ言葉を仲間内で盛んに使いました。「ズージャ語」と呼ばれます。そして、創成期の民放やテレビ、芸能の仕事には、ジャズ出身の人が多かった。そこから放送と芸能の業界用語になった──と説明されます。
筋は通っていますが、ズージャ語は辞書にほとんど載らない隠語です。この道筋を、文献で一本につなぐことはできませんでした。こちらも◎の一歩手前です。
造り方は古くから、言葉の顔ぶれは戦後から。 二階建てというのは、そういう意味です。
隠語は、外の人に分からないことが役目です。業界の外に漏れた時点で、その役目は終わります。いま「ギロッポン」と言えば、たいてい冗談として受け取られるでしょう。若い出演者の方には、ほとんど通じません。
もうひとつの発見 ── ライブハウスは、喫茶店の子孫
六つの川を並べてみて、気づいたことがあります。これは辞書に書いてあることではなく、言葉を並べてみた私たちの見立てです。
ライブハウスは、劇場や寄席の子孫ではありません。喫茶店の子孫です。
一つめの川の芝居の世界には、会場を指す「小屋」、入場料を指す「木戸銭」という言葉がありました。ところがライブハウスは、そのどちらも使いません。
会場は「ハウス」。ライブハウスという言葉は、英語の live に、コーヒーハウスの「ハウス」を合わせたものとされます。入場料は「チャージ」。飲食店の「テーブルチャージ」「カバーチャージ」と同じ言葉です(ただし「カバーチャージの略」と書いた辞書は見つからず、語源としては△です)。そして入場料とは別に、「+ドリンク代」をいただく。これも飲食店の料金の形です。ドリンク代の仕組みそのものは話が長くなるので、別の機会に譲ります。
言葉の側から見ると、ライブハウスの半分は、いまも喫茶店でできています。
ここでひとつ、訂正も書いておきます。「ジャズ喫茶がロック喫茶になり、それがライブハウスになった」という一本道の説明を、よく見かけます。これは✕です。地理学の研究は、1970年代の東京・高円寺に、ジャズ喫茶とロック喫茶とライブハウスが同じ時期に並んであったことを記述しています。喫茶店がライブハウスに「なった」のではありません。音楽を聴かせる喫茶店の文化が先にあって、その土の上に、演奏を見せる店が生まれた。一本道ではなく、土壌です。
おわりに

ライブハウスの言葉の来歴。線の太さは語彙の多さのイメージで、模式図です。
江戸の芝居小屋。映画とテレビ。明治のドイツ語。和製英語。シベリア。進駐軍のキャンプ。六本の川は1970年代にライブハウスという店で合流し、いまはこの御茶ノ水の3階にも流れ込んでいます。
今回いちばん驚いたのは、やはり「ノルマ」でした。ライブハウスでいちばん身近な言葉のひとつが、この連載でいちばん遠くから、いちばん重い歴史を背負って来ていた。それを教えてくれたのは、国語辞典の一行と、1949年の小説の一行でした。
そして、この記事で「分からなかった」と書いたことは、本当に分からなかったことです。もっともらしい説明で埋めていません。
次回は謎解きです。よく知られた語源のいくつかは、調べてみると崩れました。実は、この連載のもとになった私たち自身の調査も、最初の版は間違っていました。その話を、そのまま書きます。
主な出典
- コトバンク「ノルマ」(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)── シベリア抑留者が伝えた語/1949年の初出
- コトバンク「奈落」
- コトバンク「回り舞台」(改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書)── 1758年・並木正三
- コトバンク「緞帳芝居」「緞帳役者」
- コトバンク「ゲネプロ」「ホリゾント」
- コトバンク「倒語」(精選版日本国語大辞典)/Weblio辞書「だふ屋」(デジタル大辞泉)
- 『新地理』第70巻2号(J-Stage)「論文PDF」── 1970年代の高円寺の音楽喫茶とライブハウス
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御茶ノ水パルトネールについて
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