連載「箱(ハコ)の言葉」第8回(最終回)
ここまで7回、ライブハウスの現場で飛び交う言葉の来歴をたどってきました。午後4時の入りから、深夜0時の「テッペン」まで。六つの川の上流へ。そして、崩れた語源の謎解きへ。
最終回は、語源を知ると、使い方を考え直したくなる言葉の話です。
こんにちは。東京・御茶ノ水のライブハウス「御茶ノ水パルトネール」です。ライブハウスの現場の言葉の由来をたどる連載、今回が最終回です(第1回から第7回までは、この記事の最後に一覧を置きました)。
タイトルは強めにつけました。けれど、これは禁止の一覧ではありません。これまで使ってきた方を責めたいわけでもありません。言葉の来た道を知ったうえで、誰に向けて使うのかを考える。最終回は、その話をします。
印はいつもどおりです。◎ 確かめられた/△ 決着していない/✕ 根拠がなかった。
割り当てと、召集 ── ノルマと動員
ノルマ ◎。 第6回で書いたとおり、この言葉はシベリアから来ました。第二次世界大戦のあと、抑留されていた人々が持ち帰った、収容所の労働の割当量の呼び名です。
「ノルマ20枚」と言うとき、言葉そのものが、割り当てを課す側と、課される側をつくります。出演者の方が重く感じるのも、無理はありません。
私たちが組む対バンのライブでは、ノルマを設けていません。出演が決まった方には、チケットの料金や、入場料の一部を出演者の方にお返しする「チャージバック」の条件を、あらかじめ確かめていただいています。
動員 ◎。 もとは軍隊の言葉です。平時の編制を戦時の編制に切り替え、兵を集めること。そこから、ある目的のために人を組織的に集める意味に広がりました。
ライブハウスでは、来てくださったお客様の数を「動員」と呼ぶことがあります。ところが、出演者の方に「動員をお願いします」と言うと、語源の上では、号令をかける形になります。
私たちが出演者の方に向けて書く案内では、「集客」という言葉を使っています。
序列の言葉 ── 前座、真打、トリ、香盤
寄席から来た言葉には、芸人の序列を表すものがたくさんあります。
前座 ◎。 寄席で、いちばん先に高座に上がる人のことです。東京の落語では、見習いを経て、前座、二ツ目、真打と進みます。前座は、その正式な階級の名前でもあります。前座は、楽屋の仕事をこなしながら修業を積む時期です。
対バンで最初に出る方を「前座」と呼ぶと、語源の上では「修業中の人」と言っていることになります。対等に出演していただいている方には、ふさわしくありません。最初の出番は、その夜の空気をつくる大事な役目です。私たちのライブレポートでは、最初に出る方を「トップバッター」と書いています。
真打。 落語のいちばん上の階級です。ミュージシャンの方に「真打登場」と書くと、褒めたつもりでも、的が外れてしまいます。
トリ。 その日の最後の出番です。寄席で最後に出る真打が、その日の収入を「取って」、ほかの出演者に分けたから、という説が有力で、国語辞典もこの説を載せています。ただ、この説明の出どころは1957年の本で、江戸や明治の記録で確かめられたわけではありません。◎の一歩手前です。
香盤 △。 芝居の世界では、配役や出番の一覧表を「香盤」と呼びます。もとは香を焚く道具の名前で、なぜ興行の言葉になったのかは、分かっていません。そして演芸の世界では、同じ言葉が、芸人の序列そのものも指します。対バンの出演順を「香盤」と呼ぶと、格付けをしているように聞こえかねません。私たちは、出演順を「タイムテーブル」と呼んでいます。
お金の言葉 ── 投げ銭
投げ銭 ◎。 国語辞典には、大道芸人などに見物人が投げ与える銭、という語義が載っています。1922年の矢田挿雲『江戸から東京へ』には、わずかな投げ銭で暮らす大道芸人の姿が出てきます。
正直に書きます。この言葉は、私たちも使っています。HPのグッズのページには「投げ銭・応援」の項目があり、無料配信のときには、Xで投げ銭のお願いもしています。
語源を知ったうえで、私たちはいまのところ、この言葉をやめていません。配信を見てくださる方が、出演者の方を直接応援できるしくみの名前として、すでに多くの方に通じているからです。ただ、この響きを好まない出演者の方もいらっしゃるかもしれません。
正反対の意味を持つ言葉 ── 見切れる
見切れる △。 国語辞典を引くと、正反対に見える二つの意味が並んでいます。
ひとつは、写真や映像で、人の一部がフレームから切れて写っていないこと。見えるはずのものが、見えない。もうひとつは、テレビや演劇で、見えてはいけないものが見えてしまうこと。袖に控えているスタッフの姿が客席から見えたら、舞台の現場では「見切れている」と言います。
見えない、と、見えてしまう。どちらが先に生まれた意味なのかは、確かめられませんでした。
同じ一語が、正反対の二つを指します。お客様に向けて書くなら、「見切れ」の一語で済ませず、何がどう見えにくいのかを、そのまま書くほうが伝わります。
事実を言う言葉 ── 完売と、受付終了
完売は、売り切れたという事実を表す言葉です。英語の SOLD OUT も同じです。
だから私たちは、残券があるうちは「完売」と書きません。会場の都合で受付を締め切るときは、「受付終了」と書きます。事実と違う言葉で、人を急がせないためです。
見下す言葉 ── セッシュ、トーシロ、緞帳役者
最後は、人を見下す言葉です。
セッシュは、第7回で書いた言葉です。背の違う出演者を並べるとき、台に乗せて高さをそろえること。その名前の由来には、「日本人は背が低い」という思い込みが入っているかもしれません。「高さを合わせる」で足ります。
トーシロは、「素人(しろうと)」の音をひっくり返した言葉です。第6回で書いた、逆さ言葉の仲間です。緞帳役者は、格の低い小屋の役者を見下した呼び名でした。
どれも、使わなくても仕事は困りません。
おわりに

禁止の一覧ではありません。誰に向けて使うのかを考えるための表です。
この連載は、「箱」という言葉の由来が誰にも分からない、というところから始まりました。バミる、中の音と外の音、客電、押す・巻く・テッペン。六つの川。崩れた語源。そして今回の、言い換えたくなる言葉。
言葉の由来を調べることは、雑学の遊びのようでいて、その言葉を誰に向けて使うのかを考え直すことでもありました。
私たちの会場に立つ方は、修業中の身分でもなければ、割り当てを課される相手でもありません。言葉を選ぶのは、その当たり前を、こちらが忘れないためです。
8回にわたって読んでくださった皆さま、ありがとうございました。
そして、この記事で「分からなかった」と書いたことは、本当に分からなかったことです。もっともらしい説明で埋めていません。
主な出典
- コトバンク「ノルマ」「投げ銭」(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)
- 文化デジタルライブラリー(日本芸術文化振興会)「落語の修業」── 前座・二ツ目・真打
- ジャパンナレッジ「日本語、どうでしょう?」第424回 ── トリ
- 歌舞伎美人(松竹)「香盤」
連載「箱(ハコ)の言葉」全8回
- 第1回「その扉の向こうを、私たちは「箱」と呼びます」
- 第2回「リハーサルは、うしろから始まる」
- 第3回「中の音と、外の音」
- 第4回「客電が落ちる」
- 第5回「押す、巻く、テッペン」
- 第6回「言葉は、六つの川から流れてきた」
- 第7回「その語源、本当ですか」
- 第8回「言ってはいけない言葉」(この記事)
公演スケジュール
今後のライブは「今後のライブスケジュール(イベント一覧)」でご覧いただけます。
当会場への出演をご検討の方へ
出演のご相談は「お問い合わせフォーム」からお寄せください。出演が決まってから当日までの流れ(出演条件の確認を含みます)は「出演決定後に」にまとめています。
御茶ノ水パルトネールについて
御茶ノ水パルトネールは、東京・御茶ノ水の楽器の街にある小さなライブハウスです。日々さまざまなライブイベントを開催しています。ご不明な点は、お気軽にお問い合わせください。

