連載「箱(ハコ)の言葉」第7回
この連載を始める前に、私たちはライブハウスの現場の言葉を130語ほど、由来まで調べました。いま、その最初の版を読み返すと、間違いがたくさんあります。
調べ直すたびに、説がひっくり返りました。「有力」と書いていた説が「根拠なし」に落ち、「諸説あり」と書いていた説が、辞書で確かめられて「確か」に上がる。検証で評価が下がった説は、数えると15を超えていました。
こんにちは。東京・御茶ノ水のライブハウス「御茶ノ水パルトネール」です。ライブハウスの現場で飛び交う言葉の由来をたどる連載、第7回です(第1回「箱」・第2回「バミる」・第3回「中の音と、外の音」・第4回「客電が落ちる」・第5回「押す、巻く、テッペン」・第6回「六つの川」)。
前回は、言葉がどこから流れてきたのかを、六つの川にたとえてたどりました。今回は謎解きの回です。よく知られた語源が、どうやって崩れたのか。そもそも、なぜ崩れる説のほうが広まるのか。 私たち自身がつまずいた跡も、そのまま書きます。
印はいつもどおりです。◎ 確かめられた/△ 決着していない/✕ 根拠がなかった。
崩れた説・その1 ── ゴボは、頭文字ではなかった
ゴボ(GOBO) は、照明の前に入れて、光で模様や文字を映し出すための型板です。ステージの床に、星や木の葉の形の光が落ちているのを見たことがあるかもしれません。あれです。
この言葉には、きれいな説明が出回っています。「GOes Before Optics(光学系の前に置くもの)の頭文字」。照明の仕組みにぴったり合っていて、いかにも本当らしく聞こえます。
✕です。辞書の記録と、順番が合いません。
米国のメリアム・ウェブスター辞典によると、gobo という語の記録は1923年までさかのぼります。そのときの意味は、撮影用のカメラに光が入らないようにする衝立(ついたて)。マイクのまわりに立てて余計な音をさえぎる仕切りも、ゴボと呼ばれました。生まれたときのゴボは、模様を映す型板ではなく、光や音をさえぎる板だった。 型板という意味は、後から付いたものです。後から付いた意味を説明する頭文字が、語の始まりであるはずがありません。
すでにある言葉に、もっともらしい頭文字を後から当てはめたものを、英語で「バクロニム(backronym)」と呼びます。ゴボは、その見本のような例でした。
では本当の語源は何か。オックスフォードの辞書は、「間に置くもの(go-between)」から来た可能性を挙げています。ただ、こちらも決着はしていません△。
頭文字の語が、みんな作り話なわけではありません。第4回で書いた照明の「PAR(パー)」は、Parabolic Aluminized Reflector の頭文字で、ランプの規格名です。頭文字の説明は、確かめてから信じる価値がある、というだけです。
崩れた説・その2 ── 対バンは、タイマンから来たのか
前回、「対バン」だけは、あえて六つの川に入れませんでした。約束どおり、ここで扱います。
「対バン」は、ひとつの公演に複数の出演者が出ること、またその共演相手のことです。この語源として、ネットでよく見かけるのが「一対一のけんかを指す『タイマン』に倣って、1980年代に生まれた」という説明です。
✕です。少なくとも、根拠は見つかりませんでした。
決め手になったのは、音楽出版社のシンコーミュージックが公開している用語辞典です。音楽の現場に近い出版社ですが、「対バン」の由来については、「対するバンド」説と「対決」説を挙げて「いろいろあるみたいです」と書くだけで、タイマンには一言も触れていません。
タイマン説の出どころをたどると、日本語版のウィキペディアなどに行き着きます。ウィキペディアのその記述には、出典が付いていません。そこから解説サイトへ、似た文章で広がっていました。
「対」と「バンド」を縮めた形とみられる、というところまでは言えます。けれど、その「対」が向かい合うことなのか、対決なのかは、決着していません△。
崩れた説・その3 ── セッシュと、雪洲の身長
セッシュ(セッシュウ) は、主に映像の現場の言葉です。身長の違う出演者を並べて撮るとき、低い側の人を台に乗せて、画面の中の高さをそろえること。
ハリウッドで活躍した日本人俳優、早川雪洲(はやかわ せっしゅう)の名前から来た、と説明されます。サイレント映画の時代の大スターです。そして、たいていこう続きます。「雪洲は背が低かったので、共演者と並ぶときに台に乗った」。
名前から来たという部分は、国語辞典に載っておらず、決着していません△。そして「背が低かったから」の部分は、裏付けが見つかりませんでした✕。
むしろ記録は逆を向いています。1917年、アメリカの週刊誌は雪洲を「日本人としては背が高い」と紹介し、身長を5フィート7インチ半(約171センチ)と書いていました。「背が低かった」という前提そのものが、あやしいのです。
「日本人は背が低い」という思い込みが先にあって、説明が後から付いたのではないか。 私たちはそう見ています。この言葉には、そういう含みが入っているかもしれません。最終回で、もう一度この言葉に触れます。
崩れた説・その4 ── 推しの「起源」を、誰が見たのか
推しは、いまではライブハウスでも毎晩のように聞く言葉です。応援している出演者のこと。
言葉のつくりは、難しくありません。「推す(推薦する)」という動詞が、名詞になった形です◎。
崩れたのは、ネットでよく見る「起源」の話のほうです。「1980年代まで盛んだった歌謡賞レースで、新人歌手を出すレコード会社が、放送局に売り込むときの営業の言い回しから始まった」。時代も、業界も、場面も具体的で、内側の人しか知らない話のように聞こえます。
✕です。この話を載せているサイトはいくつもあるのですが、文章がほとんど同じでした。たどると、日本語版ウィキペディアの、出典の付いていない記述に行き着きます。当時の営業資料も、関係者の証言も、ひとつも示されていません。
具体的すぎる話は、かえって疑う理由になります。「誰が・いつ・どこで」が見てきたようにそろっているのに、それを見た人の名前がどこにもない。伝説ができあがるときの、典型的な形です。
同じ説が、10のサイトにあっても
対バンと推しで起きていたことは、同じです。
調べ物をするとき、私たちはつい、同じことが書いてあるサイトの数を数えてしまいます。5つのサイトが一致していれば、安心する。
けれど、同じ説が10のサイトに載っていることは、10の証拠ではありません。ひとつの説が、10回コピーされただけかもしれません。 文章がそっくりなら、なおさらです。
第2回の「バミる」でも、同じことが起きていました。業界の用語集は、ほぼすべてが「場を見る」から来たと書いていました。国語辞典だけが「語源は不詳」と書いていた。数で負けていたのは、辞書のほうでした。
疑った私たちも、間違えた
ここで、私たち自身の失敗も書いておきます。
「ケツカッチン」という言葉があります。後ろの予定が決まっていて、終わりの時刻を動かせないこと。「この後ケツカッチンなので、押せません」。語源としては、撮影でカットの終わり(ケツ)にカチンコを鳴らすから、という説がよく知られています。
最初の調査で、私たちはこの説を疑いました。「カチンコは撮影の頭に鳴らすものだから、ケツで鳴らすという説明はおかしい」と。
この疑い方が、間違っていました。撮影の現場には、テイクの終わりにカチンコを入れるやり方が実在します。英語で tail slate(テイル・スレート)。頭でカチンコを入れられない事情があるときに使い、終わりの側の記録だと分かるように、カチンコを上下逆さに構えて映すのが決まりです。
ただし、だからといってカチンコ説が確かめられたわけでもありません。私たちが確認できた出どころは、雑誌やイベント会社のウェブ記事でした。国語辞典や撮影の専門書では確認できていません。語源は決着していないままです△。
疑う側も、間違えることがある。反論が崩れても、元の説が正しくなるわけではない。 語源を調べるのは、この二つを同時に抱えながら進む作業でした。
逆に、調べ直して確かめられた説もあります。第6回の「ノルマ」がシベリア抑留から来たという話は、最初は「諸説あり」の扱いでした。国語辞典の本文を読んで、「確か」に上がりました。
なぜ、崩れる説が広まるのか
調べ直していくと、崩れる説には、共通する事情がありました。五つあります。
1. 口伝えで、文字に残らない。 現場の言葉は、先輩から後輩へ口で伝わります。誰かが「これは◯◯から来てるんだよ」と言えば、その場で定説になる。反対の証拠になる文献が、そもそもありません。
2. 道具のほうが先に消える。 第4回で、この会場にはホリゾント幕がなく、白い壁を照らして「ホリ」と呼んでいると書きました。幕が無くても、名前は残る。カチンコを使わないライブハウスでも、「ケツカッチン」は通じる。実物が消えた言葉には、新しい説明を後から着せられます。
3. 漢字が後から当たる。 「バミる」に「場見る」。もっともらしい漢字を当てた瞬間に、語源まで決まったように見えてしまいます。いちばん強い発生装置は、これだと思います。
4. 用語集が、互いを写し合う。 ひとつの説が、あっという間に「複数のサイトで一致」という見た目を手に入れます。
5. 面白い説が生き残る。 語源の話は、雑談で使われます。雑談では、地味な「不明」より、意外な説のほうが先に広まります。
語源の話を聞いたときの、5つのチェック

当てはまる説が、すべて誤りとは限りません。確かめるきっかけにしてください。
ここまでの話を、持ち帰れる形にしました。語源の説明を聞いたら、次の5つに当てはまらないかを見てください。
- 「◯◯という漢字を当てるとぴったり」の形をしていないか
- 「◯◯の頭文字」の形をしていないか
- 「見た目が似ているから」の形をしていないか
- 出どころが用語集やブログだけで、文章がそっくりではないか
- 「誰が・いつ・どこで」が、話として出来すぎていないか
当てはまったら間違い、ではありません。PARのように、本物の頭文字もあります。当てはまったら、国語辞典を一冊引いてみる。 それだけで、かなりの説がふるいにかかります。
おわりに
今回崩した説の多くは、誰かが人をだますために作った嘘ではないと思います。現場の先輩が、後輩に分かりやすく説明しようとして、筋の通る話を添えた。それが面白かったから、広まった。語源の俗説は、たいてい親切から生まれます。
だからこの連載では、分からないものは分からないと書いてきました。空いた場所を、もっともらしい話で埋めないためです。
そして、この記事で「分からなかった」と書いたことは、本当に分からなかったことです。もっともらしい説明で埋めていません。
次回は最終回です。語源を知ると、使い方を考えたくなる言葉の話をします。
主な出典
- Merriam-Webster「gobo」── 1923年の初出と当時の語義
- Scenic & Lighting「Gobo is not an Acronym」── 頭字語説が後付けであること
- シンコーミュージック B-PASS「アーティスト用語辞典(た行)」── 対バン
- 英語版ウィキペディア「Sessue Hayakawa」── 1917年の紹介記事(Goodwin’s Weekly 第28巻)からの引用
- HowToFilmSchool「End Slate (Tail Slate)」── テイクの終わりに入れるカチンコ
- コトバンク「ノルマ」(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)
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